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レポート|第7回「ロールプレイング・ディベート編」

今回は、東京都歴史文化財団 東京文化発信プロジェクト室 地域文化交流担当「東京アートポイント計画」 プログラムオフィサーの石田喜美さんが、詳細なレポートを書いてくださいました。

臨場感あふれるリポート。
ぜひお読みください。

▼1/14 TARLレポート:評価ゼミ第7回「ロールプレイング・ディベート」 石田 喜美 
(東京アートポイント計画ブログより)
http://www.bh-project.jp/artpoint/blog/staff_blog/2011/01/tarl7.html

  




 

レポート|第5回「アートプロジェクトの評価:ピア・モニタリング編」

ゼミ生/増崎孝弘


11月16日、第5回の評価ゼミのテーマは「ピア・モニタリング」(ピアとは、同等・同格・同僚・対等者・・・といった意)。今回のゼミのゲスト講師には、アサヒ・アート・フェスティバル(以下、AAF)の事務局長を務める芹沢高志氏を迎え、氏がAAF参加団体のネットワークから相互評価・検証の仕組みをいかにつくり上げてきたのか、その過程における苦労、そして今後の展望など、貴重なお話を伺いました。



現在のAAFは以下の3つのまとまりがが中心となって動いている
① 期間限定の企画の集合体としての「AAF参加プログラム」
② 一度参加した団体を恒常的にネットワーク化し、新規の企画・団体を視察・支援したり、困難を協議したりするような人的交流の場としての「AAFネットワーク」
③ AAF参加プログラムの選定、AAFネットワークのマネージをする機関として、個人の集合としての「AAF実行委員会」


Ⅰ.AAFの歴史と評価の問題への対応

評価の問題が立ち上がるまで
2002年、それまでのアサヒビールのメセナ活動を集約する形で発足したAAFは、翌年にはトップダウン的な総合ディレクター制を廃止し、既存の企画を束ねていくフェスティバル形式へと移行。

それに伴い、全国から実行委員会への参加者が増加、ボトムアップ式で様々な企画が上がる。有限の資源の中で資金の分配・企画の選定などを行う制度的な枠組みの必要性が高まった。

2005年、公募制へ移行。70近い企画が集まり、30ほどを選定。選定された団体の相互交流支援のために設置された「ネットワーク会議」で、地域社会と向き合っている各団体の共通の問題解決に資する相互交流、ピア・モニタリングの重要性が明らかになった。2006年には「評価」という単語への現場の根強いアレルギー反応を踏まえ、「検証」という言葉をAAFとして使っていくことを合意。

検証体制形成の経緯詳細
2004年、AAF2004の参加プログラムのひとつとして、評価を考えるアートマネジメント講座「ひぐれ学校」が開校される。翌年講座の卒業生が実行委員会に入り、AAF2005年の評価を実施した。非専門家集団による評価報告書が完成。

2006年、より専門的な手法による調査へ。NPO法人アートNPOリンクによる検証チームを導入し、統計学などに基づいた新たな評価手法の開発を目指す。しかし、厳密な評価項目の設定に、現場では反発も強まってしまった。

2007年は前年度を踏まえ、現場レベルでは事前事後の自己検証に留め、モニタリングはドキュメントチームを結成し各地を巡回させ、そのレポートを検証委員会(実行委員会と外部専門家で構成)によってチェック。しかしチームのレポートの質にバラツキが課題になる。

2008〜09年は、そのドキュメントにある程度フォーマットを設定、検証委員会が実際にモニタリングして検証の質を統一する方向性へ進み、現在は、「同業者である企画選定者が、自ら選んだ企画を評価する」というピア・モニタリングの構図を重視し、選考委員会(実行委員会から立候補・互選され、そこに外部委員が加入する組織)が検証委員会を兼務する制度で落ち着いている。


Ⅱ.評価のそもそも論

アートプロジェクトを評価することは可能なのか?
元々自身が所属していた環境アセスメントのシンクタンクで、当時の米国での環境影響評価(EIA)という政策決定手法に影響を受けた。しかし異様に細分化された個別の指標における変化測定の技術的精度の高まりの半面、全体計画の意思決定・評価という問題に対して、EIAの問題点も指摘され始めていた。

2006年の検証チームの専門家が現場の混乱に対し言ったことは、「計画なくして評価なし」。目標値を設定し、現状が目標値からどれだけ離れているのかを測定するのが評価であり、計画がない漠然とした状況ではどんな技法を持ってこようが「評価はできない」。

t時間後の変化を予測する・・・といったような直線的な計画の概念は非常に洗練された。しかしそのアンチテーゼとしての「ゆらぎ」、円環的・螺旋的な計画は可能なのだろうか?

システム論者のエリッヒ・ヤンツがインフォメーション・ポテンシャルという概念を残したように、プロジェクトの価値は、次にくる予期しないプロジェクトをどれだけ生み出す潜在能力を持っているか?というアートプロジェクト評価も成り立つ。おそらく既存の直線的評価システムをある程度使いつつ、それ外側にある変化・ゆらぎ・予期せぬものの生成といった項目を新たな手法で評価する、そういったバランスが必要である。しかしその新たな手法に関しては、未だに断定的に言えるような段階にはない、これからの課題である。

AAFにとってのピア・モニタリングの可能性
AAFはアサヒビールという私企業のメセナであり、パブリックなミッションを持っているものの、税金を使ったプロジェクトとは一線を画している。「何かを世の中に問いかける」ことをある種戦略的に打ち出すために、あえて当事者間で選定・投資をしていく、そういった姿勢も許容されうる。もちろんそれは閉鎖的な当事者による「うちわ」の議論ではない。そのプロセスは開かれているし、フェアな過程である。


Ⅲ.質疑

Q.芹沢さんが関わった事例のプロジェクト・ポテンシャルを見る際に、具体的にどの側面に注目すればいい?

A.横浜トリエンナーレでは、トリエンナーレ全体の計画の中では傍流・予期しない展開がきっかけとなって生まれたZAIMやハマコトリといった存在がある。別府では、わくわくアパートメントという偶然性から生まれた企画があり、そこで生まれたネットワークが今では京都などで新たな展開を生み出しつつある。これらは、僕の中でプロジェクトの積極的な評価の対象になる。


Ⅳ.感想

様々なプロジェクトに関わったアートディレクターとしての現場感のみならず、環境アセスメントという、「直線的で洗練された」評価システムの只中に身を置いていた経験から、いかにアートがそういう評価に馴染まないか、そしてオルタナティブはありうるのか、という問題に対し客観的かつ積極的な議論をしてくださる、非常に稀有な方だと感じました。

AAFがたどり着いたピア・モニタリング的検証システムは、「直線的」評価と、「螺旋的」評価の間のバランスをうまく取った、アートプロジェクトのポテンシャルを測る一つの有効な可能性だと思います。しかしそこへの到達には非常に長い期間、多くの人間のコミットが前提となります。また芹沢さんがおっしゃる通り、私企業のメセナだからこそできる部分もあると思います。

純粋な市民活動・企業メセナ・国や自治体の政策、またその混成など、様々なプロジェクトの性質に応じた有効な評価モデルをバランスよく組み合わせていくこと。これからの社会と芸術の関係を判断する上で、AAFの9年にわたる評価問題との格闘の歴史は、そのアプローチに大いに参考になるものだと思いました。

レポート|第4回「行政の政策評価」

ゼミ生/小林寛斉

Ⅰ.柴沼さんのお話の内容

第4回の評価ゼミでは総務省行政評価局の柴沼雄一朗さんを講師に迎えました。 これまでの二人の講師はアート関連業界からでしたが、今回は現役国家公務員で、かつご所属もアートとは距離の遠い部署。アートに関するゼミにおいては異色の講師が、普段あまり馴染みのない国の政策評価制度について親切、丁寧に説明してくださいました。





1.行政評価制度導入の背景
かつて行政組織の最優先事項は、①新しい法律を作る、②新しい予算を通すことの二点であった。しかし、①法律を成立させることまでが関心事で、どう執行されるかが省みられない、②(国であれば)財務省主計局に説明して予算を通すが、実際にどう使われたかの検証が乏しい、などの批判を受けることになった。90年代、厳しい財政状況や右肩上がりの成長を前提としたそれまでのシステムが限界を迎え、行政にも効率が求められるようになった。そこで、三重県を皮切りに自治体でまず評価制度が取り入れられた。国に導入されたのは、橋本行革の時である。


2.政策評価制度の特徴
各省庁による自己評価が基本である。その理由は、①作った法律、とった予算についてきちんと省みるようにするため、②情報を網羅的に把握しているため、重要な情報が出やすいため、である。自己評価では各省庁の「お手盛り」になってしまうのではないかという批判がある。その批判に対しては次の三つの対策が取られている。①客観的になるような基準を設ける(例;数値目標)、②第三者の目を入れる(例;有識者の評価)、③プロセスを透明化する(例;ダム建設にあたっての根拠の試算方法などを公表する)。


3.政策評価の方式
評価方式は三種類ある。①事業評価、②実績評価、③総合評価。事業評価は細かい単位、実績評価・総合評価は大きな括りでそれぞれ評価する。目標はスローガン的なものではなく、具体的に定めることが重要である。「いつまでに」 といった期限も設ける。


4.今後の課題
柴沼さんの個人的な所感。より良い評価をするための今後の課題。

自己評価と第三者評価のバランス
自己評価は網羅的に情報を把握している主体が評価するという利点がある一方、不利な情報が出づらいという欠点がある。他方、第三者評価ではある程度の客観性は確保できる利点があるが、情報を網羅的に把握するのが困難で、部分的な面で評価することになるという欠点がある。

予算との関連
予算には限度額という一定の制約がある中(相対的)、評価の客観性(絶対的)をどのように確保、反映するのか。

ミクロなレベルの評価とマクロなレベルの評価
ミクロなレベルの評価は数字など客観化しやすく予算と結びつけやすい。しかし、マクロなレベルの評価であると、戦略など政策論争的な抽象的な議論になりがちであり難しい。


5.質疑応答
※一問一答ではなく、柴沼さんが答えた内容をいくつかの項にまとめました。

評価制度の狙い
今までの行政は一度決めたことを中止することは困難であった。しかし、 評価制度があることで、事後検証をする材料を提供する。 それによって行政も事業の見直しや方向転換ができるようになった。

事業仕分けについて
事業仕分けでは少ない資料で分かりやすい説明が求められる。「一般人の理解の範囲内」で議論をする。「専門性」を背景にして材料を積み上げている行政評価局からすると、かなり対極な世界である。陥りがちなのは全体像から一部だけを切り取って判断しがちなことだが、一般人の感覚で大胆に結論を下すことは、それはそれで一つの評価である。行政にショックを与える仕組みとして機能しており、また事業自体に関心を集めるという点でも成功していると思う。

アートを評価するにあたって
何を評価するにしても出発点は目標を設定すること。目標を具体化していかなければ評価できない。価値観と価値観の評価はできない。アートを評価するに当たっても目標を具体化する必要がある。例えばリサイクルをテーマにした芸術活動をした場合。芸術では二流三流でも、ものすごくテーマ性があって、来た者全員がその活動に強い印象を受けて帰ったとする。その場合、仮にリサイクルの普及という点で判断すれば良い評価になる。一方、芸術性で判断したらまた違う評価になる。

評価のコストについて
評価自体にコストがかかる。公共事業の評価であれば、研究会を開き、何回も議論し、評価する際の指標を決めて計算をする。非常に手間暇がかかる。そこでコストに見合うような合理的な評価について考える必要がある。実際には、たくさんの評価対象がある中でターゲットを絞り重点的に取り組んでいる。そのようにして深く掘り下げていかないとなかなか問題点が見えてこないこともある。





Ⅱ.感想

柴沼さんがしきりに「議論」という言葉を使っていらっしゃったのが印象に残りました。「議論」を始めるためにはある程度客観的な指標やルールの共有が必要です。そうでなければ、水掛け論に陥りがちだからです。柴沼さんによれば「価値観と価値観の議論はできない」となります。価値観ではなく、同じ土俵で議論をしなければなりません。
 「事業仕分け」も一つの議論の場です。事業仕分けに対して柴沼さんは 「評価方法のひとつであり、今までにない発想でインスピレーションを得ている」とおっしゃってました。これは意外でした。事業仕分けは各省庁側の人間には厳しいものと思っていたからです。それと同時に柴沼さんの発言には一貫性があるとも思いました。柴沼さんは繰り返し、「議論をするために目的、目標を具体化する必要がある」とおっしゃっていました。事業仕分けの目的は「一般人の常識で行政のムダをなくす」というものです。その目的の是非で争わず、その価値観を受け入れた上で議論に挑む柴沼さんには、評価制度に携わる者としての気概と可能性を感じました。
 事業仕分けも専門的観点の判断の欠如という弱点があるように、万能な評価手法というのは存在しません。それぞれの評価手法のメリット、デメリットを把握し、議論を深めていくことが大切だと思いました。

レポート|第3回「企業メセナの評価」

ゼミ生/石田佑佳

アサヒビール芸術文化財団の加藤種男さんを講師にお迎えした第3回評価ゼミ。ところどころにユーモアを交え、穏やかな口調で話されていた加藤さんの姿が印象的なゼミとなりました。アサヒ・アート・フェスティバルに関わる様々なアートプロジェクトの例を、加藤さんご自身が撮影した写真の数々と共に紹介していただき、目にも刺激的なレクチャーでした。





Ⅰ.加藤さんのお話の内容

0.イントロ
結局は何を達成したいのか?それを考える必要がある。評価する際には、達成したいことが思っていた通り実現できているかを検証する。

しかし、アートプロジェクトでは、期待していたことが実現しなくとも予想外の事柄が実現する。ここに価値があり、重要となってくる。したがって、評価ではこれをうまくすくい上げなければならない。予想外のことなので、事前に設定した基準にあてはめることが難しくなるが、その事実こそが新たな指標になり得る。つまり、無理にでも評価基準にあてはめなくてはならないことが起こった、ということを成功の要因とするのである。


1.アサヒ・アート・フェスティバル2010
<事例紹介>
① 岩見沢アートプロジェクト「ZAWORLDⅡ」(北海道岩見沢市)
中心市街地活性化事業の助成金を得るなど、地元から厚い信頼を得ている。今後、地元の百餅祭りやNPOとの連携による展開に期待。
http://www.artholiday.org/

② ”生きる”博覧会2010(宮城県本吉郡南三陸町、大崎市)
それぞれの家の物語を丁寧に聞き出すことで、自己アイデンティティを確認。ご近所さん同士のつながりを生み出すきかっけになるなど、コミュニティ再生の可能性を開いている。
http://www.envisi.org/

③ 淡路島アートフェスティバル2010(兵庫県淡路島)
廃校をリノベーションしたノマド村を恒常的拠点とし、全国からお客さんが来る。地元の理解と応援が確立され、海外とのパイプができている。
http://awajishima-art-center.jp/

④「甑島で、つくる。」KOSHIKI ART EXHIBITION 2010(鹿児島県薩摩川内市)
様々な資源が眠る宝庫。年を経るにつれて、既存のコミュニティを越えたコミュニケーションが発生している。
http://koshikiart.chesuto.jp/


2.アサヒ・アート・フェスティバルとは何か
新しい市民社会をつくるプロセスとして、アートによるコミュニティの再生もしくは新しいコミュニティの創設を目指している。

田舎の人ほど「ウチには何もないよ」と言うが、気付いてないだけで資源はある。クリエイティブなセンスをもった人達の力によって、それらを発掘し活かしていきたい。何の目的も持たないアーティストの創造性が、コミュニティづくりのヒントになるのではないか。だから、アーティストには企業の基準を超えた、意表を突くような表現活動をしてほしい。他方、伝統的な物が既に未知なるものとなっている今日において、伝統的な物の中にも新しい価値があるかもしれない。どれだけ多くの資源を発掘し、ただ保存するだけなく、生活の中に生かしていくかが大切である。

外からアーティストが入るとき、勝手に地元の人達が理解できるレベルを決めてはいけない。地域の人々に理解してもらいたいと思うのであれば、プロデュース側も分からないくらいのインパクトがなければならない。そのインパクトによって、ものの見方が変わる人がいる。そこからさらに動きが出てくることを期待。

<事例紹介>
○すみだ川アートプロジェクト:wah「すみだ川のおもしろい」展
人のアイディアを実現できるという点で、自分のアイディアを自分で実現したがるというアーティスト観を超えている。
http://www.asahibeer.co.jp/csr/soc/activity.html


3.最後に
アサヒ・アート・フェスティバルでは、評価の定まっているものではなく、次の二つの価値基準に沿ったものを対象としている。
(1)未知なるもの
(2)古くて今日見向きもされないが、本当は面白いものの再生

アートプロジェクトは、最初は課題を考える人達のIssue Communityでいいのだが、最終的には地域全体を動かすRegional Communityになってほしい。





4.質疑応答
※一問一答ではなく、加藤さんが答えた内容をいくつかの項にまとめました

評価する点について
来場者数はもちろん多い方が嬉しいが、もっと大事なのは参加より「参画」する人の数。
ただ見に来るだけでなく、どれだけ多くの人が参画してくれるか。例えば地域の人とつなげてくれる人、料理をつくってくれる人等、手伝ってくれる人がどれだけいたかを重視している。
だから、できるだけ開かれたプロジェクトを目指している。地域の人が「こうやりたい」と言ったら変えられる、フレキシブルなプロジェクトであることが重要。変わっていくことで、事前に設定した指標を超えることができる。

組織に対する説明とフィードバックについて
直接現地に行って、根掘り葉掘り話を聞き、報告書を作成する。助成に関しては、すべて第3者の検証を受け、目的通りうまくいっているかプログラム評価をしてもらっている。第3者評価を受けて、自ら再検証する。社内理解を得るためには、会社の原理・原則に立ち返って説明をする。

アートプロジェクトの評価と方法について
個別アート評価・個々の作品論には足をすくわれそうになる。個々の作品論を越えなければ、プロジェクト評価はできない。プロデューサーは、人の言う事を調整して、皆がやりたいことをできる、そんな場面をつくれる人であるべき。多数決ではなく、「寄り合い」のような、議論による合意形成が重要。


Ⅱ.感想

個々のアート作品にこだわらず、プロジェクトを行っている地域で何が起こったのか、どんな動きが起こったのかを重視されていることが印象的でした。プロデューサーのマネジメント、アーティストの制作、市民グループのまちづくり等々、切り離すことのできない要素が、それぞれのアートプロジェクトにあると思います。にもかかわらず、特定の一点だけを取り上げて評価すると、プロジェクト全体での効果・改善点がうまく浮かび上がらず、失敗するのかなと思いました。
 加藤さんをはじめとするアサヒ・ビールの方々が、助成したプログラムに関してはできるだけ現地に足を運び、丁寧に話を聞くという姿勢に敬意を表します。実際その場所に行かなければ分からないこともたくさんあるのがアートプロジェクトの特徴だと思うので、評価においても現地に行くという行為は重視されるべきだと思います。

レポート|第2回「助成財団の評価」

神野裕史(ラボ生)

セゾン文化財団の片山正夫さんを迎えての評価ゼミ第二回。夏の暑さもあってか(?)、和やかでざっくばらんな雰囲気の中、進められました。あくまで足取りは軽やかでありながら、評価の本質に迫る気付きでいっぱいの2時間でしたので、皆さんともこのブログという場をお借りして、是非、共有させていただければと思います。



I:片山さんのお話の内容

評価とは?
助成財団が評価するのは、芸術ではなく芸術のプログラム(プロジェクト、助成行為)である。評価とは広い意味を持つが、ここではシステマティックな評価を意味する。

評価の目的とは?
助成財団が評価を行う目的は、①「改善するため」と②「説明するため」。

①「改善するため」
非営利事業であり、投資の成果が金銭的なリターンという形で表れない。そのため積極的に評価を行わないと次回の助成活動を改善することが出来ない。

② 「説明するため」
経営者である理事、また一般社会を代表する評議員に対しての説明責任を果たさなければならない。また、公益法人として税制優遇を受けており、直接的には主務官庁(文化庁→内閣府)に、また広くは社会に対して説明を行う必要がある。

助成財団にとって評価の在り方は?
助成財団が社会に果たす役割を完遂できるよう、評価も適した形で実施する。

① 助成財団とは?
政府とは異なる「公」の担い手である。政府は企業や市民からの税が支出のもとであり、様々な利害関係者皆の納得を得なければならない。予算の分配も様々な分野(福祉、教育etc)との兼ね合いで行われる。助成財団は資金源が別なので、新しいことを世に問うていきやすい上、芸術支援を目的とする助成財団はその資源全てをその目的に駆使することが可能である。
 例えば、セゾン文化財団は個人の財産を財団化し、その資金運用益を助成に活用している。助成金額自体は行政の文化政策予算等に比べれば小さいが、その助成額の何倍の効果が生まれると考えられる。マイケル・ポーターは、助成にはその助成金の金額分の効果だけでなく、①他の助成主体に「この助成先は優良」というメッセージを出すシグナル効果、②ネットワークを構築による、ヒトと知識の側面からの支援効果、③セクター全体の知識・技術水準を向上させる効果もあると述べている。

② 助成財団の目的達成に適った評価とは?

a) 助成活動を行う過程で以下のような評価の仕組みが導入された。

i)Goal Free Evaluation
作品単品ではなくアーティスト個人への支援を行う際に、支援することが被支援者の可能性を狭めては本末転倒である。①良い作品を生み出す、②活動のグレードアップがされるのであれば、後は個別のアーティストの問題であり、彼ら自身が向かう方向を決めるべきだ。そのため、評価は緩い枠組みで実施し、すぐには結果を求めず、結論を出さない。

ii) エピソード評価
客観的評価だけでは心がささくれてくる。ストーリーみたいなものがないと評価の聞き手の心が動かない。良い助成プログラムは良いエピソードにあふれているので、そのエピソードも評価の際に考慮に入れる。


b) 以下のような点に注意している。

i)評価のタイミング
事前・期中・事後と評価を行えるタイミングはさまざまである。事後評価もプログラム直後なのか、追跡調査なのかによって性質が異なる。

ii)評価の客観性
主観と客観は二律背反ではない。一枚のアンケートは主観的だが、枚数を集めれば客観的になる。
評価の客観性を担保するのは比較対象性。比較可能なのは「よく似た他人か過去の自分」。類似のプロジェクトがあるとは限らないので、助成前後での比較は重要である。

iii)新規性
皆がプログラムの結果に納得するものが良いものとは限らない。皆が賛成する安全パイは果たして助成財団が助成する必要がないのかもしれない


c) 評価を積み重ねた経験から得た学び

i)事後評価の指標は予め決めておくこと
ii)評価者を評価指標の設定時から関与させること
ⅲ)評価期間に幅を持たせておくこと
※ 評価期間が短いと過去の自分と評価できない




II. 感想

芸術分野でこそありませんが、財団法人で働く職員のひとりとして、お話を聞いてとても興味深く感じました。片山さんは謙遜も含めて、「ノルマがないので安易に流れることも」と仰っていましたが、収益で測られないからこその大変さもあるのが、財団という世界だと思います。
 財団2年目の青二才が言うのも失礼な話ですが、組織運営上、お金が入ることよりも出ていくことに厳しいのは当たり前。当然、支出に対しては成果が期待されます。お金を出すからには、その結果がどうだったのかは少なくとも経営陣に(自主財源以外の財源があるのであれば出資元にも)説明しなければならないのは営利企業と変わりません。
 そして、この財団にとって経営陣に当たる方々(理事・評議員)ですが、各界の著名人が務めることが多いかと思います。広い見識と知見をもちつつも現場には必ずしも詳しくない方々です。そのような方々にどう事業の意義や成果を伝えるかが財団職員の手腕の見せ所であり、難所のひとつなのでしょう。
 評価という手法は彼らとのコミュニケーションを円滑にする便利なツールだなと感じました。評価と聞くと、評価のアウトプットのひとつである評価報告書を想像してしまっていましたが、事業の開始前から始まっているというお話を聞いて目からうろこが落ちる思いでした。プログラムの設計時から評価者を参加させること(例:彼らに評価の仕組みを提案し、評価指標の合意をとりつけるなど)で、最終的な成果の評価に対して納得も得やすくなるのだと、自分の仕事と照らし合わせて腑に落ちました。もちろん評価は客観性が担保されていなければならないのでしょうが、その実施と活用は戦略的に行えるものなのですね!

→ 開催記録はこちら

7/13、第1回ゼミ開催

第1回評価ゼミを開催しました。
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■日時:2010年7月13日(火)19:00~21:00
■会場:Tokyo Artpoint Project Room 302(アーツ千代田3331内) 
■内容:オープニングレクチャー「評価について考える」
■配布資料:
・レジュメ
・SWOT分析シート
・『メセナnote59号』
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ゼミ生とオブザーバー、事務局あわせて25名ほどが参加。
初回でしたので、まずはゼミ生一人ひとりに自己紹介からスタートしました。
参加動機や評価について思うことなど話してくださり、これからが大変楽しみになりました。

プログラムの企画当初は、初回ゼミではSWOT分析のワークショップをやろうと考えていましたが、ゼミ申込時の熱心なエッセイを拝読し、皆さん評価について既にいろいろと考えていらっしゃることがわかりましたので、それを共有したいと思い、ワークショップの内容を変更。
評価に関する4つの質問について、考えを出し合う付箋ワークショップを行いました。

・なぜ評価したいの?
・評価しないとどうなるの?
・評価で何を知りたい? たったひとつのことしかわからないなら、何を知りたい?
・「評価」という言葉を使ってOK?「評価」といわないなら何と表現する?


後半は、評価の基礎情報(以下)について話をしました。
でもこれはあくまでも「たたき」。
ゼミ生の皆さんと、これから時間をかけて「たたき」を進化させたいと思っています。

1) 評価とは何か?
2) なぜアートプロジェクトに「評価」が必要なのか?
3) 「評価」から最大限の成果を得るために
4) 「評価」のサイクル
   ・アートプロジェクトの実施サイクル
   ・評価のサイクル
5) 指標の設定
   ・必ず考えるべき5項目 
   (参考:東京アートポイント計画の評価指標)


これから2月まで、ゼミ生の皆さんと、評価についてじっくり考えていきたいと思います。
よろしくお願いします。



【若林】