レポート|第4回「行政の政策評価」

ゼミ生/小林寛斉

Ⅰ.柴沼さんのお話の内容

第4回の評価ゼミでは総務省行政評価局の柴沼雄一朗さんを講師に迎えました。 これまでの二人の講師はアート関連業界からでしたが、今回は現役国家公務員で、かつご所属もアートとは距離の遠い部署。アートに関するゼミにおいては異色の講師が、普段あまり馴染みのない国の政策評価制度について親切、丁寧に説明してくださいました。





1.行政評価制度導入の背景
かつて行政組織の最優先事項は、①新しい法律を作る、②新しい予算を通すことの二点であった。しかし、①法律を成立させることまでが関心事で、どう執行されるかが省みられない、②(国であれば)財務省主計局に説明して予算を通すが、実際にどう使われたかの検証が乏しい、などの批判を受けることになった。90年代、厳しい財政状況や右肩上がりの成長を前提としたそれまでのシステムが限界を迎え、行政にも効率が求められるようになった。そこで、三重県を皮切りに自治体でまず評価制度が取り入れられた。国に導入されたのは、橋本行革の時である。


2.政策評価制度の特徴
各省庁による自己評価が基本である。その理由は、①作った法律、とった予算についてきちんと省みるようにするため、②情報を網羅的に把握しているため、重要な情報が出やすいため、である。自己評価では各省庁の「お手盛り」になってしまうのではないかという批判がある。その批判に対しては次の三つの対策が取られている。①客観的になるような基準を設ける(例;数値目標)、②第三者の目を入れる(例;有識者の評価)、③プロセスを透明化する(例;ダム建設にあたっての根拠の試算方法などを公表する)。


3.政策評価の方式
評価方式は三種類ある。①事業評価、②実績評価、③総合評価。事業評価は細かい単位、実績評価・総合評価は大きな括りでそれぞれ評価する。目標はスローガン的なものではなく、具体的に定めることが重要である。「いつまでに」 といった期限も設ける。


4.今後の課題
柴沼さんの個人的な所感。より良い評価をするための今後の課題。

自己評価と第三者評価のバランス
自己評価は網羅的に情報を把握している主体が評価するという利点がある一方、不利な情報が出づらいという欠点がある。他方、第三者評価ではある程度の客観性は確保できる利点があるが、情報を網羅的に把握するのが困難で、部分的な面で評価することになるという欠点がある。

予算との関連
予算には限度額という一定の制約がある中(相対的)、評価の客観性(絶対的)をどのように確保、反映するのか。

ミクロなレベルの評価とマクロなレベルの評価
ミクロなレベルの評価は数字など客観化しやすく予算と結びつけやすい。しかし、マクロなレベルの評価であると、戦略など政策論争的な抽象的な議論になりがちであり難しい。


5.質疑応答
※一問一答ではなく、柴沼さんが答えた内容をいくつかの項にまとめました。

評価制度の狙い
今までの行政は一度決めたことを中止することは困難であった。しかし、 評価制度があることで、事後検証をする材料を提供する。 それによって行政も事業の見直しや方向転換ができるようになった。

事業仕分けについて
事業仕分けでは少ない資料で分かりやすい説明が求められる。「一般人の理解の範囲内」で議論をする。「専門性」を背景にして材料を積み上げている行政評価局からすると、かなり対極な世界である。陥りがちなのは全体像から一部だけを切り取って判断しがちなことだが、一般人の感覚で大胆に結論を下すことは、それはそれで一つの評価である。行政にショックを与える仕組みとして機能しており、また事業自体に関心を集めるという点でも成功していると思う。

アートを評価するにあたって
何を評価するにしても出発点は目標を設定すること。目標を具体化していかなければ評価できない。価値観と価値観の評価はできない。アートを評価するに当たっても目標を具体化する必要がある。例えばリサイクルをテーマにした芸術活動をした場合。芸術では二流三流でも、ものすごくテーマ性があって、来た者全員がその活動に強い印象を受けて帰ったとする。その場合、仮にリサイクルの普及という点で判断すれば良い評価になる。一方、芸術性で判断したらまた違う評価になる。

評価のコストについて
評価自体にコストがかかる。公共事業の評価であれば、研究会を開き、何回も議論し、評価する際の指標を決めて計算をする。非常に手間暇がかかる。そこでコストに見合うような合理的な評価について考える必要がある。実際には、たくさんの評価対象がある中でターゲットを絞り重点的に取り組んでいる。そのようにして深く掘り下げていかないとなかなか問題点が見えてこないこともある。





Ⅱ.感想

柴沼さんがしきりに「議論」という言葉を使っていらっしゃったのが印象に残りました。「議論」を始めるためにはある程度客観的な指標やルールの共有が必要です。そうでなければ、水掛け論に陥りがちだからです。柴沼さんによれば「価値観と価値観の議論はできない」となります。価値観ではなく、同じ土俵で議論をしなければなりません。
 「事業仕分け」も一つの議論の場です。事業仕分けに対して柴沼さんは 「評価方法のひとつであり、今までにない発想でインスピレーションを得ている」とおっしゃってました。これは意外でした。事業仕分けは各省庁側の人間には厳しいものと思っていたからです。それと同時に柴沼さんの発言には一貫性があるとも思いました。柴沼さんは繰り返し、「議論をするために目的、目標を具体化する必要がある」とおっしゃっていました。事業仕分けの目的は「一般人の常識で行政のムダをなくす」というものです。その目的の是非で争わず、その価値観を受け入れた上で議論に挑む柴沼さんには、評価制度に携わる者としての気概と可能性を感じました。
 事業仕分けも専門的観点の判断の欠如という弱点があるように、万能な評価手法というのは存在しません。それぞれの評価手法のメリット、デメリットを把握し、議論を深めていくことが大切だと思いました。

研究会3|議事メモ

第3回TARL評価ゼミ研究会
日時:2010年11月1日(月)19時-
場所:小金井アートスポット シャトー2F
内容:
1)前回の議論の振り返り
2)事例報告 静岡県立美術館の評価
3)ディスカッション


以下は、ディスカッションの話題を中心にまとめています。

■ 事例報告を聞いて
・ どこまで、誰が評価の作業をするのか。投入できる資源と目標を設定しないと「ないものねだりのスパイラル」に陥るのではないか。再現のない天井を追い求めるようになる。
・ 「具体的に記述しろ」という発言(じゃあ、どこまで具体化すればいいのか)。
・ 誰か評価の材料を調査し、まとめているのか(学芸員では展覧会の仕事との兼ね合いが難しくなるのではないか)。
・ 客観的に自分を見つめ直すこと(日記を書くような)で意識改革(意識化)をできるのではないか。
・ あまり重箱の隅をつつくようなことばかりしていても、現場には届かなくなってしまう。ある種の緊張感をもったものにしなければ意味がない。

■ アートプロジェクトと美術館
・ たとえば美術館のアクセスが問題にあがったときにどのように考えるか(ハード面はどうにもならない問題なのでは)。
・ アートプロジェクトは地域との関係が評価軸にあがる。そこでの関係をつくりすぎて膠着することの問い直しを誰が、どのように検証できるか。

■ 評価の視点
・ 定性/定量と量的/質的という視点がある。学芸員のコメントは定性的だが、(評価の)考え方は量的なのではないか。数値の代わりに言葉なのだけれど、根本的な考え方は物語的ではない(処理が数的になってしまう)。
・ 年度ごとの目標で活動の歴史とあわせて変化されていくのはどうか(⇔ずっと共通の評価軸)。評価対象の活動段階にあわせたもの。

■ 評価と制度
・ ポジティブな評価とは何か。感覚的にでも展覧会が面白くなっているかが大事になってくるのではないか。評価に意味はあるが、想定の範囲内は越えないのではないか。
・ 評価では「制度」を考えなければならないのではないか。美術館のオルタナティブとしてのアートプロジェクトが出てきたとしたら、既存の制度の枠組みで捉えることはできないのではないか(「アートプロジェクトと評価」は、もともと矛盾をはらんでいる問題設定なのではないか)。
・ 近年の評価圧力はアートプロジェクトが「制度」の枠内に収められていくような流れなのではないか。
・ 評価の定義を「制度内の評価」とするのか、「制度未満まで評価」(自由で不確実なもの)とすることができるのか。後者へ対応することができるのか。
・ たとえば制度と評価が対応しているとすれば、評価は制度内のもの、未来のものは内部のマーケティングとしてしまうこともできる。「評価」という言葉は相応しくないのではないか。
・ 制度を前提としない「評価」では、そもそも評価を求められていないのではないか。

■ 評価の「外堀」と「内堀」
・ アートプロジェクトは行政主導が多い。そうすると目的とする地域づくりの評価になりがち(そもそも評価はそうなのではないか)。アーティストの自由な活動が目的ではない。
・ 運営側やアーティストの本当にやりたいことは何なのかを評価という言葉ですくいあげることができたら。アーティストの活動を評価するのか。批評と評価はどうするのか。
・ 漠然と違う方法があるのではないかと思っているが、別の方法が具体的には見えてこない。
・ 本当に新しい手法が出てきたときに、まずわれわれがどのように対峙できるのか。
・ 評価できないゾーンを報告しないゾーンにいれてしまうか、徹底的に記述してしまうか。
・ 大きな変化が見えてきたら(見える状態にパッケージ化されたならば)外に出すようにする。
・ (がっちり見えるようにして説明を行なう)外堀と(内側の判断で公開を制御する)内堀があるのではないか。内堀をつくらなければ実験的なアーティストの活動を後押しできない。
・ 成長を後押しする評価は外に公開する必要はないかもしれない。内部的に説明できる評価は「2、3人しか来ていないが、重要なこと」を説明できるかどうか。
・ 外堀で社会性をもたせつつと内堀もしっかりやり、両面をあわせて、社会的に認められるようなものを提示していく必要がある。
・ 内堀は批評の問題とクロスオーバーしてくる。内堀から外堀へ向かっていくようなキャベツのようなモデル。保育器から出た瞬間に面白くなくなるかもしれないけど、次を育てる外の壁になってくれる。
・ プロジェクトが外へ説明する上手さをもつだけでなく、自分たちが面白いことをやっているかどうかの「批評性」をもちつづけられるかどうか。
・ どんなものでも時間が経つと外側に追いやられていくのではないか。常に若い芽が出続ける準備しかできないのではないか。
・ プロジェクトとして仕組むときに若い芽を組み込んでいくことを意識的に進めていかなければならない。
・ これからはここで議論してきた言葉を細かく検証して積み上げていくことが必要になってくるのではないか。
・ 具体的な例に即して検証してみたい。たとえば当事者に「なぜこれが批評性があるのか」と丁寧に聞いてみたい。でも「言葉にならない」「分からないからやっているんだ」ということになってしまうのではないか。
・ 作家はそれでいいが、意欲的なアートプロジェクトを行っている人もそうなってしまう。言葉にできたときのつまらなさ。言葉になったときに外側になってしまっている、とも考えられる。
・ レイヤーが沢山あって、コアな言葉にならないところがあり、一番外側に誰にでも説明できるような言葉がある。キャベツのコアを生み出すような循環性、自己生成性。
・ 評価には説明責任だけでなく、汎用性もあったが、おそらくコアな部分は他には活かしようがないところ。そこを取り出してどうなるのか。
・ 取り出して「これが価値があるんだ」といってもらえることで、それを価値と言っていいんだと言えるようになる。
・ コアなところを取り出すことは「そうやればいいんだ」ではなく、次のアイディアを刺激するようなもの。汎用性のあるモチベーション、起動するスイッチとして取り出す(使えるツールではなく)。道具ではなく、態度。
・ 「こういうものもあるんだ」と実験的な空気が飛び火していく。それがなければくじけてしまう人を救うようなものになっていくだろう。

■ 現行のプロジェクトの評価(テラトテラを事例に)
・ 目標の達成の精度を厳密に吟味していく、目標を疑うことをやってみてはどうか。
・ でも、ざっくりした目標だから走れているところがあるのではないか。その辺を精緻化していくことで走れなくなってしまう。全部を決めてしまうと、それしかできなくなる危険性がある。
・ この規模でのプロジェクトには評価は必要ないのではないか。プロジェクトとしてまわっていく機能としての評価が必要なのではないか、という前提がテラトテラの評価にはある。

■ アートプロジェクトとマネジメント
・ すべてのアートプロジェクトの問題は、「アート」以前の問題なのではないか。
・ そっちに引っ張られて「アート」がおざなりになる問題があるのではないか。アート的に面白くない、は、そっちにひっぱられてしまうため。でも、いままでのアートプロジェクトは、そこを評価してきたのではないか。
・ でも、「アート」以前という枠組みを設定するようなモデルを考えてもいいかは分からない。
・ 「アート」以前で四苦八苦していることが常識化しているアートプロジェクトの状態で、そこを指摘してはどうなのだろうか。
・ アートプロジェクトにおいてアートは赤ん坊のようだ。常に慣れない。
・ 開き直りが通じなくなってきているのが、今の状態なのではないか。 このままでは同じ問題を指摘して終わってしまうのではないか。
・ マネジメントの問題を指摘してもしょうがない。コンサル的なことをしてくのではないか。
・ 問題を話す場所を提供する。家族カウンセリングと似ている。第3者がいると話ができること。

■ 批評/評価/カウンセリング
・ アートプロジェクトの評価的なものはカウンセリング、コンサル的なものなのではないか。
・ 常に流動的な組織状態で動かなければならないため、カウンセリング機能が必要なのではないか。でも、かならず崩壊するわけではない。
・ サポーターなど入ったばっかりの人が意見を言うことができる。長く活動している人が発言しやすくなってしまう。
・ 面白さを安心して追求していける状況をつくることができるか。
・ 外堀的に説明できるものがあり、カウンセリングが機能すればいいのか。
・ 全部外堀にしようとするからつまらなくなるということは(研究会で)共有できた。

■ アートプロジェクトの評価者とは
・ 内堀の面白さを分かりつつ、外堀をやるポジションが必要なのではないか。
・ アートプロジェクトの相談役=カウンセラー?が派遣されていく組織。
・ カウンセラーの役割は何かをアドバイスするのではなく「問題を聞くこと」か。
・ でも、やった場合とやらなかった場合の比較ができない(一般的なカウンセリングでの治ったとは= 日常生活に紛れ込ませることができるレベルまで→ぎりぎりアートって言えるレベル?)
・ プロジェクトを評価するということでは、人とのカウンセリングを行なうことで達成できるのか。
・ 組織が続いていくために評価すること、社会的な意義を説明していくことは違って考えていく必要。
・ ドラマトゥルク=一緒に作品をつくっていく側に入っていく職。
 http://sampleb.exblog.jp/12392452/
 http://www.nettam.jp/blog/2010/06/post-41/
・ たとえば「プロジェクト・ドラマトゥルク」がいることで成立することがあるのではないか。
・ 作品をつくるほうと説明するほうが共有するものがない状況で、分離し、対立してしまう状況があるのではないか。
・ 内堀を共有しながら、あえて外堀へやる人や、内堀を深めていく人とひとりでできないところを分けてしまうのがいいのではないか。
・ 最初にやった人はひとりで内堀と外堀を身体的にやっていた。その重要性が示されたなかで、それをモデルや方法としてやろうとしたことは難しい。
・ カウンセラーよりも深く作品に入っていく方向なのではないか。
・ 内と外をつなぐ人がいないと、内で戦い切れないということがあるのではないか。
・ 意図的に2つの役割を分けて推進していくことが必要なのか。
・ 完全に分けていくモデルは必須ではないが、必要とされているのではないか。
・ ドラマトゥルクってどうすれば育成できるのか。文芸プロフェッショナルか。
・ もし、組織論的なことなのであれば、「安上がりな組織コンサルがいない」ということが問題なのか。
・ ドラマトゥルクは目新しくないと感じるのは、展覧会ならばメインとサブのキュレーターがあるから。
・ でも、メインとサブではないか。別府のプロデューサーとディレクターの在り方はどうか。
・ 評価は第3者ではなく「社会とつなぐ役割」というのは新しい視点かもしれない。
・ 行政でやると固い評価になってしまうことが問題なのではないか。
・ いまの日本では行政との間を上手く渡っていく人が大事になるのではないか。民間では比較的小さな活動も見ていてくれる。
・ 行政では、対個人でやりにくいのかも。けっきょく個人的な関係をつくっておくことが大事になるのではないか。民間ではそれが見えやすいのかも。
・ 小規模と大規模でやり方は変えたほうがいいのかもしれない。

■ 評価の傘
・ 片山さん、プログラム評価の話しをしていたけれど、東京アートポイント計画はそれでいける。テラトテラの評価を個別でしなくともいいのではないか。その点、AAFは上手い。
・ 小さいプロジェクトは、いくつかのプロジェクトをまとめて、おおまとめで評価をしていくのはどうか(日本中がアートポイントで)。数が集まれば、数値として力をもつ。
・ 勝手に想定してやることは可能なのか。アートポイントやAAFという傘以外に、どんな傘を設定すればいいのか。エリア、地域で区切るか。
・ 大きな傘をどのように設定するのか。たとえば日本全体でどんな成果があって、どんな社会的なインパクトにあったなど。
・ 組合ができてしまうと、そこの利益を守ることになってしまう。少なくともアートプロジェクトが増えすぎだよね、とは言えなくなる。
・ 組織化を嫌がるのではないか。デメリットがあるのではないか。
・ アートNPOフォーラムに自分たちで寄付の基金をつくった団体があった。評価を自分たちの手に取り戻すようでよかった。制度と評価がくっついているのであれば、制度を変えていくほうに動いた。
・ みんなが行政に説明をしていくよりは、対象が多様化していいと思う。
・ 傘をつくることのメリットとは何になるのか。「面白さ」を代わりに言ってくれる人になるのか。ロビー活動はしやすくなるのではないか。
・ AAFの検証会もピア・カウンセリングに近くなるのではないか。とにかく、言いたいのではないか。
・ 傘も圧力団体ではなくて、病院のようになってしまうか。アートプロジェクトの病院。駆け込み寺。
・ 公開カウンセリングや定期健診を行なうのかどうか。

■ アートプロジェクトとカウンセリング
・ アートプロジェクトのカウンセリングの専門性とは何か。
・ 話したいだけなのか、何かを言ってほしいのか。「あなただけのプロジェクトの問題じゃない」と言うことの意義。他のプロジェクトがよく見えるらしい。
・ AAFは公開ピア・カウンセリングになっているのではないか。アートポイントの公開ピア・カウンセリングをすればいいのではないか。
・ 「みんな同じ問題を抱えている」という問題を共有する議論だけでは、次のステップで何をするのか、は見えてこない。
・ 予想外の状況が面白いけれど、予想外の状況でしかないのは大変。ベースがあったうえで、予想外の状況が生まれてくるのはいいのだけど。
・ イノベーションが生まれる前提が共有される前に、駄目になってしまう。

「文化庁文化芸術創造都市モデル事業」、神戸地域は「評価ツアー」開催

第1回ゼミで「平成22年度文化庁文化芸術創造都市モデル事業」の話をしました(リンク集にも掲載)。評価を行うことも採択の条件になっているという、文化庁助成の中では珍しい事業です。
モデル事業に採択された案件のうち、神戸地域では「事業評価ツアーin Kobe」を開催しているとのこと。以下、メーリングリストに投稿された情報を、参考までに転記します。

参加者を募って、プロジェクト内容を丁寧に説明し、「事業評価ツアー」という仕立てにしていくのはなかなかユニーク。どのような内容になるのか、知りたいですね。
他のモデル事業地域はどのような評価を行っているのでしょうか。それも知りたいです。


【以下、転記】
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Subject: [cpnet-info][03162] 文化芸術創造都市モデル事業評価ツアーin Kobe のご案内
神戸大の藤野です。
お世話になっております。
文化庁文化芸術創造都市モデル事業の第三回評価ツアーを行います。
アートの魅力満載ですので、ぜひお越しください。
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第3回神戸創庫おもしろくし隊 参加募集!
みなとまち神戸の近代化の歴史を物語る「旧神戸生糸検査所」は、「デザイン都市・神戸」のシンボルとなる‘創造と交流’の拠点として「(仮称)デザイン・クリエイティブセンターKOBE」に生まれ変わる予定です。現在、多様な提供事業が行われるなか、本年度文化芸術創造都市モデル事業に採択され、新たな事業を展開しています。今後、旧神戸生糸検査所(神戸創庫)がより創造的な場となるために、ご意見、ご提案をいただく、第3回評価観考「神戸創庫おもしろくし隊」の参加者を募集します。今回の評価事業は神戸デザインの日記念事業「神戸+デザイン」です。みなさんの新しい視点と愛情ある評価で、神戸創庫とデザインによる地域創造の新たな可能性を発見してください!
日時 10月17日(日)14:30~16:30(予定)
スケジュール 14:30     旧神戸生糸検査所 入口集合 このちらしを持ってお待ちしています
14:30~15:00 神戸創庫おもしろくし隊の説明、提供事業の紹介
15:00~   「神戸+デザイン」事業 視察・評価@カフェ

神戸+デザイン=?
2008年10月16日に、神戸市はユネスコより「デザイン都市」としての認定を受けました。この記念すべき日を「KOBEデザインの日」として、毎年、記念イベントを実施しています。今年のテーマは、「デザインが地域社会でできること」です! 詳細はhttp://kobeplusdesign.jp にアクセスしてくださいね。
□デザインにふれよう
■世界を変えるデザイン展in KOBE・・さまざまな課題を解決してきたプロダクトやプロジェクトの紹介
◆アワード受賞作品展・・ユネスコ・デザイン都市共同CODE ポスターデザインコンペティション優秀作品展など
■「Exit to Safety-デザインにできること」展・・デザインの視点から安全の出口を探す展覧会
□デザインで遊ぼう
■ソーシャル”かえっこ”ビレッジ・・楽しいおもちゃの交換会!15:30からオークションもあります
□デザインを考えよう
■GLOCAL NEIGHBORHOOD MEETING in KOBE・・八潮まちなみづくり100年運動・プロジェクト展2010

当日、旧神戸生糸検査所ではたくさんの提供事業も行われています。お時間のあるかぎり見学していただき、印象に残った提供事業も自由にコメントして下さいね!
◆陶芸家 佐藤千重 展覧会 [新館4階]
◆江里口暁子 写真展 [新館1階北玄関]
◆nami kanrei with candle therapy・・ロウソク作りワークショップ[新館4階]

問合せ先:神戸市企画調整局デザイン都市推進室(担当:松添) TEL 078-322-6573  E-mail koji_matsuzoe@office.city.kobe.lg.jp
主催:CPS thru Arts 実行委員会[NPO法人DANCE BOX・神戸大学・神戸市ほか]

10/12、第4回ゼミ開催

だいぶ秋らしくなってきた10月12日、第4回目の評価ゼミを開催しました。
ゲスト講師は、総務省行政評価局の柴沼雄一朗さんです。

























今回柴沼さんに講師をお願いしたきっかけは、昨年企業メセナ協議会で海外の講師を招いた評価ワークショップを開催した際、ある参加者の方に、「海外の事例を知るのも大事だけれど、日本でも国が丁寧に評価の研究とシステムづくりを行っていますよ。調べてみたらいかがですか」と教えていただいたことにさかのぼります。

調べてみると確かに、日本の政府も想像していた以上に、評価の決まりごとや方針を詳細に設けていることが見えてきました。その担当部局が、柴沼さんご所属の総務省行政評価局。
国立美術館や国際交流基金などアート関係の機関も多数ある「独立行政法人」の評価を行っているのもこちらだとわかりました。
国は、どのように事業を評価しているのか?どのようなガイドラインを設けて政策の評価をすすめているのか?――事業仕分けの記憶もまだ新しいなか、「アートプロジェクトの評価」を考えるにあたっては、国の評価の取り組みの概要を把握しておくことも必要ではないかと思いいたりました。そこで、まったくコンタクトもなかったのですが総務省行政評価局にレクチャーをお願いしたところ、講師をご快諾くださいました。

柴沼さんは、「アートプロジェクトの評価に直接、すぐに役立つわけではないかもしれませんが、話の中から何か参考になる点を見つけていただけたらと思います」と、レクチャーを始められました。
本ゼミとしても、アート以外の領域での取り組みから、あらゆる分野の評価に共通する基本的な項目あるいは課題を把握することで、アート独自の評価のポイントをあぶりだせたらと願っています。

レクチャーの内容は、ゼミ生がレポートしてくださいますが、まずは開催概要の記録まで。


【第4回評価ゼミ】
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■日時:2010年10月12日(火)19-21時 
■会場:Tokyo Artpoint Project Room 302(アーツ千代田3331内)
■講師:総務省行政評価局政策評価官室 総括評価監視調査官 柴沼雄一朗さん
■内容:「行政の政策評価」
国は政策評価について。取り組みの概要や国の政策評価の標準モデル、各種ガイドライン等を学ぶ。
・19:00~20:00 柴沼さんレクチャー
・20:00~21:00 質疑・応答、ディスカッション
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■講師プロフィール
柴沼雄一朗 (しばぬま ゆういちろう) 
総務省行政評価局 政策評価官室 総括評価監視調査官
平成7年、総務庁(当時)に入庁。人事・恩給局(公務員制度改革、人事評価の試行)、統計局(統計関連業務の民間開放の検討)、行政評価局総務課(行政評価機能の抜本的強化方策の検討)などを経て現職。


■配布資料
•「国の政策評価制度の紹介」(総務省行政評価局 柴沼雄一朗)

(セルフリサーチ資料)
•『中之条ビエンナーレ2009 公式ガイドブック』http://nakanojo-biennale.com/   
•中之条ビエンナーレ 評価関係資料
•『メセナnote62号』―「アートプロジェクトのための経済波及効果検証」(企業メセナ協議会、2009年)
•『地域創造』―連載:文化政策の行政評価[第1回~4回] (地域創造vol.22・23・24・25、2007~2009)


■参考文献・資料
•「総務省 行政評価局パンフレット」(2010年)
•総務省行政評価局 「政策評価よくあるご質問(FAQ)」http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/hyouka/kyotsu_n/faq.html  
•総務省 政策評価の総合窓口 http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/hyouka/seisaku_n/index.html  
•総務省 行政評価局(コンテンツ案内)http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/hyouka/kyotsu_n/saitomap.html  



【若林】

研究会2|議事メモ

第2回TARL評価ゼミ研究会
日時:2010年10月4日(月)19時-
場所:小金井アートスポット シャトー2F
内容:
1)前回の議論の振り返り
2)事例報告『つなぐNPO 山梨県立博物館の通信簿』
3)ディスカッション


以下は、ディスカッションの話題を中心にまとめています。

■ 報告書を読んで
・(一般的な評価の) コンセプトから導き出すというよりは、逆の方法をとっているのではないか。
・ 観客の育成になっているのではないか(教育的な項目)。全部回答したら、いい博物館になるのか。万人向けの博物館はできるだろうが、突出した部分が削られるかもしれない。
・ そもそも(評価に)コンセプトやアイデンティティづくりから市民が関わっていけるのか。
・ 市民は色んなレイヤーがあるし、モチベーションも違うけど、任意に汲み取ることで説明ができてしまうのではないか。
・ 博物館の行政評価と市民評価も総体を評価する材料として使えるのではないか。ただそれがお互いに対応している項目になっているのか、またはその情報を同じ議論のテーブルにつなぐ人がいたのか。
・ 外部の第3者機関は専門家と市民の評価をあわせたものになるのか。
・ 誰が評価の材料を集めて、分析をして、評価をするのか。

■ 評価と説明責任
・ 評価をやらなければいけない空気=説明責任。
・ 評価は「ネガティブな面を見つめて、直してほしい」ということがスタートなのではないか。
・ ポジティブなものを育てる仕組みになっていないのではないか。
・ 公的資金が投入された時点で、説明責任が生まれるのではないか。
・ ある程度の説明責任をクリアしたら、面白いことをやればいいのではないか。
・ 有名美術館が上手くいっているのは、集客と経営が上手くいっているからではないか。その間は市民から不満が出てこない。説明責任はそれほど問題にならない。ただし(その説明の基準が)下降線をたどったときにどうなるか。説明責任のデフレスパイラル。

■ 「面白いこと」を育てる評価〜アートプロジェクトの時間
・ 本当の意味でポジティブなものを育てる評価が「面白いこと」を評価するものであれば、それはないのかもしれない。
・ いまは「面白い」ということが経営的な視点から説明されているのでは。人がいっぱい入った=面白かった結果になっている。 面白さを実現するための手段の調整になっている。
・ 面白いものが増えてくるような評価のありかたはあるのか。現状ならば「いかに上手く説明するか」はできるのではないか。枠組みを問うような評価はありうるのか(そもそも必要なのか)。
・ いま有効である仕組み=「人が来た」という説明、が言えなくなるような状況を予見できるのであれば、変えなければいけないかもしれない。
・ 人は少ないけど、面白いことがある。こっちをプッシュできるような評価のあり方はあるのだろうか。
・ 初年度は駄目なのかも知れないけど、次年度以降も続けていけるか、も重要か。
・ マジョリティーの価値観ではないもの。
・「タモリ倶楽部」的なものはないだろうか。でも、 マイノリティーをとってマジョリティー化している?
・ すべてのアートプロジェクトに同じような評価軸をつくろうということに無理があるのではないか。
・ 妻有は一回目にがつがつ評価をいれなかったから成功したのでは。 瀬戸内はその練習があったから出来た。 評価にさらされなかった最後のアートプロジェクトなのでは。
・ 地域と言われたことで評価の時間軸は変わったのではないか。 単年度ではなく「時間のかかること」という考え方が浸透してきたのでは

■ 評価とイノベーション
・ 評価がマーケティングにつながっていないのではないか。重なるけれど、評価のほうが、射程が広いのではないか。マーケティングより意思決定の上位にある(影響する)のではないか。
・ マーケティングはブレイクスルーやイノベーションは生まれない。イノベーションは評価に組みこめないのか(だから面白いものが生まれないのか)。
・ 予想できない状況をつくるのが一番面白い状況。それをどうつくるのか、を考える材料になりうるのか。
・ イノベーティブなヴィジョンを生み出す、とすれば第一回がイノベーションなのではないか。
・ イノベーションをどう組みこむのか。イノベーションを生まれてくるような方法。
・ イノベーションを継続的な成功体験にしていく評価。やり方自体もイノベーションが必要だけど、発想そのもののイノベーションが生まれるようなことがありえるのか。
・ 社会的な投資としてのアートプロジェクト。

■ 成長させる戦略的な評価
・ 防衛的ではなく、成長させる戦略的な評価。
・ 個々でクリエイティブな評価体制をそこでつくっていけるか。
・ 予測不可能なものを組みこむ評価ならば、何でもありになってしまうのでは。
・ システムとしてはとらえどころのないものになってしまう。
・ 組織の目的によって方法を変えていくという意味でクリエイティブ。
・ 成長させる戦略的な評価は外に出さなくてもいいのではないか
・ プロジェクトにクリエイティビティがあるかどうか、なのか。
・ つまんないことを説明しようとしたら、(プロジェクトとして)次の段階にはいっていくのでは。地を這うように生まれたプロジェクトと戦略的な評価→ステイクホルダーが増えると防衛的な評価を組み合わせていく。
・ アートプロジェクトはどんどんステイクホルダーが増える。説明する対象が増えていって、自分で自分の首をしめてしまう。現実的に広げていかざるをえない形式なのではないか。
・ 防衛的な蓄積は出てきている。いかに使いこなせるかの現状。実は使いこなせば使いこなせるほどつまらなくなる。でも、使えば使うほどお金がとれてしまうとか。
・ 既存の評価軸におさまらないところへお金が流れていく仕組みをつくるには。
・ ポジティブで攻撃的な評価とは何か。

■ 評価対象の枠組み
・ プロジェクトのフレームと中身の問題。フレームは企画の組み方、それが作品評価とも密接に関係してくるのではないか。
・ アートプロジェクトが出てきたことで、評価の対象の枠組みが広がったのではないか。
・ 分けて考えることは古いといえるかもしれないが、それに合った何かがまだ出来ていない。
・ 批評の課題でもあり、ポジティブな評価の課題でもある。そこに踏み込むことで、その領域が見えてくるのではないか。
・ 地域を軸に考えると、評価をする人が同化してしまう。アートプロジェクト=みんなを内輪にしてしまうもの。もしかしたら、「第3者」がいい、という視点も変わっていくのかもしれない。
・ 客観性をもっているか、が、共有できる説明の言葉をもっているかどうか、に。
・ 万人に独自のことをやっているなと分かるような評価。実は「評価はされている」ということもあるのでは。評価と呼ばれていないものを評価と呼んでみる方法もあるか。

■ 「アート」ではない問題
・ 「アート」の問題ではないことが、沢山あるのではないのか
・ ベースとなるような一般的なものができれば解決する問題もあるのでは

■ 今後のこと
・ 具体例がなさすぎて、話す材料がない
・ 防衛的な評価を検証していっても外堀を埋めて終わるのではないか
・ やっている人を呼んでディスカッションをするとか
・ ひとつのケースで、防衛的と攻撃的なあり方を2つ出すのはどうか
・ 材料として何をやるのか